ここだけの話にしておいてね

読んだ本の感想や、忘れたくないことの記録を残しています。脳科学や進化の話、ファッション、インテリア、暮らし、ものづくりが好きです!

意思決定と脳の話

「脳には妙なクセがある」(池谷裕二 著)の中にあった 意思決定の話が面白かったのでメモ。

私たちの行動が習慣に従っている確率

ヒトの移動パターンを言い当てることができる予測率であるファノ不等性係数の研究では、 不等性係数は平均93%という結果が出ている。

不規則な生活パターンをしている人でさえ、80%を下回ることはない。

つまり、私たちの行動は、80%以上はお決まりの習慣に従っているということだ。

自由な意思とは

意思は脳から生まれるのではなく、周囲の環境と身体の状況で決まる。

次の二つは、いずれも本人の意思ではなく反射であると言える。 - 「指でものを指して下さい。」という依頼に利き手の指で指した。 - さらに「左右どちらかで指して下さい。」という依頼に利き手ではない方の手の指で指した。

前者は、当人の習慣として利き手を使用しているため、意思ではなく癖で利き手を使用したと言える。 後者は、依頼されたこと(外部音声)への単なる反射だと解釈できる。利き手ではない手を選択したのは意思ではなく、問われたことへの自動的な反応と解釈できる。

経験による反射の変化

経験によって反射の仕方が変化することは十分にあり得る。 この変化の方向が周囲の者から見て好都合に思える時、人々はこれを歓迎し「学習」や「成長」と便宜上呼んでいる。

自由意思とは本人の錯覚

実験の最中に脳を刺激することで特定の選択をさせた結果、 当人は刺激されたことに気づかず、あくまでも「自分の意思で選択した」と頑なに信じる。

このことから、自由意志とは本人の錯覚に過ぎず、 実際の行動の大部分は環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まっていることがわかる。

ヒトは自分自身に対して他人

ヴァージニア大学のウィルソン博士による「ヒトは自分自身に無自覚であるという事実に無自覚である」という言葉は、 私たちが自分の心がどう作動しているかを直接的に知ることができないことを表している。 

意識上の自分を過信し過ぎてはならないし、 反対に、自分が今真剣に悩んでいることも無意識の自分では考えが決まっているので気楽になれる。 脳という自動判定装置に任せておけば良いのだ。

自分の脳に正しい反射をしてもらうために

脳という自動判定装置が正しい反射をしてくれるか否かは、 本人が過去にどれほど良い経験をしてきているかに依存する。

つまり、頭の良さ=反射が的確であるということであり、 反射を的確なものにするためには、良い経験をするしかないのだ。

自己認識している自分と他者からみた自分の乖離

脳の頭頂葉は、意思の宿る脳回路である。 身体運動の実行回路だけを刺激しても頭頂葉を刺激されない場合は、本人には「動いた」という自覚がない。 例えば、腕を動かす回路を刺激すると腕は動いているが、本人は腕は動いていないと感じるのだ。

さらに、頭頂葉をさらに強く刺激すると、実際に身体は動いていないのに 本人はあたかも身体が動いたように感じるのだ。

つまり、脳にとって「動きたい」と「動く」は別の現象であり、 さらに「動いたと感じる」ことと「動く」も別の現象であるのだ。

動いたつもりになっている脳と、動いていないことに気づかない脳。 これは自己認識された自分と他者から見た自分との乖離を表している。

仕事をしたつもりになっているがやれていない自分、 空気が読めると思っているが読めていない自分。 自己評価についての勘違いがは誰にでもあり、 ヒトという生き物は自分のことを自分では決して知り得ない作りになっているのだ。

良い経験を積むこと

良い経験を積んで良い反射をすることは、脳を最大限に活用するための近道と言える。 良い経験をしたら、あとは脳の自動的な反射に任せておくだけで良いのだ。

参考

「脳には妙なクセがある」 池谷裕二